悪夢〜その背景〜


”過熱”移動電話市場!!業界にしのびよる悪夢のシナリオとは
―過当競争・自転車操業の成れの果て、オーバーヒートは目前!!―
    
キャリア…無限地獄の加入者争奪戦、そして業界再編へ     
メーカー…利益なき繁忙、残るは数社     
代理店 …新規加入激減、加速する代理店淘汰     
ユーザー…一人一台の幻想、騒音公害の蔓延

移動電話の勢いが留まるところを知らない。

3月末に1千万の大台を超えた携帯電話は、その後も4月:77万、5月:77万、6月:86万と加入者を増やし、7月にはとうとう100万を突破した。(累計1362万)このままのペースで推移すると、今年度末には2千万に達する。
 昨年夏の開業以来伸び悩んでいたPHSも、キャリアの販促費大幅増額と旧型端末の在庫消化による端末価格の値崩れ(タダ端末、景品端末の蔓延)により、今春以降加入者が急増、3月末に累計で150万を超え、4月:56万、5月:38万、6月:37万、7月:41万(累計322万)と携帯電話には及ばないものの順調に推移している。
 今年度末までには両者を合わせた移動電話の人口普及率は20%台に達し、わずか1年で一挙に10%以上もアップする過熱ぶりである。

 これほどの急伸をいったい誰が予想し得たであろう。浅学な知識ではこのような成長曲線を描いた商品は過去に例を見ない。さぞかしキャリアもユーザーも皆ハッピーに違いない・・・。
 実情は程遠い。”過熱”市場は”飽和”市場の到来を加速させる。オーバーヒートは目前。キャリアもメーカーも代理店も、そしてユーザーすら不幸にする「悪夢のシナリオ」がしのびよる。

 規制が緩和されたとはいえ我が国の通信業界は相変わらずの郵政の保護行政と、NTTの独占下に置かれてきた。電力・JR・商社・自動車業界等の新規参入者に事態の的確な洞察と、激変する環境への柔軟な対応を期待するのは所詮無理であった。
 基幹インフラである通信事業に過当競争を必然とする1地域4社(PHSを含めれば7社)という、海外にも例を見ない競合状況(米国でも1地域2社、今秋開始の新サービスを加えても3社体制)を持ち込み、また技術的にも商品的にも未成熟なPHSのサービス開始を認可した郵政省の罪は重い。

 私とてかつてこの業界に直接携わった身、まして通信インフラはマルチメディア社会の根幹をなすもの、業界の健全な発展を望まぬわけがない。以降に悪夢にいたる背景とシナリオを提示する。関係者の猛省を切に期待する。

1.悪夢のシナリオ−その背景−

<激安端末がもたらした”過熱”市場>

移動電話の急増すなわち個人需要急増の要因として一般に次の4点が挙げられる。  
・利用コストの急速な低下
初期費用(新規加入料、端末価格)、ランニングコスト(月額使用料、通話料)と大幅低下。さらに一層割安なPHSの参入は携帯キャリアに危機感を与え、料金引き下げ競争を加速。
・各種サービス内容の充実
基地局増設によるサービスエリアの拡大とエリア内の通話容量増大、留守番電話など各種付加サービスの多様化や各種料金割引制度の導入
・端末機の機能充実
小型・軽量化、省電力化などの機能向上やデザインの差別化が進んだ多種多様な端末の登場
・加入者増加による利便性の高まり
ユーザーが増えれば増えるほど各ユーザーの効用が高まる「ネットワークの外部性」効果が働き、需要が需要を呼ぶ状況が発生

 競争が常識の範囲で健全に行われていれば異常事態は起きなかっただろう。
 諸悪の根源は、後発の携帯キャリア(デジタルホングループ、ツーカーグループ)が火を付けた高額の販売奨励金の投入による端末価格の異常な低下(タダ同然端末も)にある。PHSも全く同じ過ちを繰り返した。
若者やポケベルユーザーであった女子高生までもが一気に移動電話に飛びついた。(何せタダで加入できるのだから。)これが”過熱”市場の主因である。

 後発の携帯・PHSキャリアにとって、立ち上がり時の貧弱なサービスエリアをカバーするための止むをえない営業戦略であったことも事実である・・・、しかし。

<後発携帯キャリアの錯覚>

 「通信事業は装置産業でありインフラ整備に膨大な投資が必要。これを回収するには早期に多くの加入者を獲得し基本料や通話料収入を増大させること。多額の販促費を投入してでも端末利益を犠牲にしてでも、加入者さえ増えればいずれ黒字化」
 これは移動電話先進国米国でも普及促進のために取られた戦略であり、地域別に分立していた米国のキャリアは生存をかけた熾烈な競争を展開し、合併・再編を繰り返すなど、自らの経営責任と自覚においてこの戦略を実行した。

 一方、無線を手段とする移動電話には、加入者数を制約する3つの要因がある。
各キャリアに割り当てられた周波数、1つの基地局で可能な通話(トラフィック)容量、そして電話番号枠。
能力以上に加入者が増え、通話量が増えると電話がかからない状態(輻輳という)が起こり、基地局を増設せねばならない。さらに加入者が増えるとより大容量の設備や端末に転換するための新たな投資が必要となる。輻輳状態が続いたり割当番号枠がなくなれば、新規加入者の獲得はストップせざるを得ない。
 3つの制約条件と新規加入者獲得の調和を図るのがキャリアの最重要経営戦略であり、多額の販促費を投入しての過剰な加入者獲得は、過剰な設備投資を惹起し健全経営からは程遠い慢性的自転車操業状態にキャリアを追い込む。

 大いなる錯覚があったとしか思えない。この大原則を忘れ、1人1台の普及を夢見、郵政の保護のもと早期加入者獲得戦略に邁進したのが、後発キャリアであった。
(先発のセルラーグループ、IDOはこれに気づいていたが、対抗上巻き込まれていった。)
 結果、ドミナントNTTのみがこの枠外で漁夫の利を得、ドコモグループは昨年度売上高1兆2385億(前期比1.5倍)、経常利益740億(同3倍強)と空前の好業績を挙げた。

 新規加入者は無限でない。いつかは破綻する。体力のないNCC(新規参入キャリア)は生き残れるのか・・・。

<もう1つの誤算−不良ユーザーの蔓延>

 激安端末に引かれて加入したユーザーの多くは、キャリアにとって不良ユーザー以外の何者でもなかった。不正使用(国際電話のかけまくり等)、多額の料金滞納、解約そして他キャリアへの再加入・・・。
 悪徳販売店は手数料稼ぎに、一定期間加入したユーザーに積極的に他キャリアへの移行を勧めた。あるキャリアでは4分の1を超えるユーザーが不良との声も聞く。
 加入はしたものの毎月の高額な料金請求に驚いたユーザーの解約も相次ぎ、実入りの少ないローコール型の料金選択をするユーザーも多い。(最も美味しい法人ユーザーはNTTがしっかりと握っている。)
 さらに、半年程度で続々と登場する新型端末が、他キャリアへの移行を煽った。何せ新型端末がタダ同然で手に入るのだから。
 多数の既加入者流出にもかかわらず、利用年数に応じた通話料や端末の割引サービスなどの既加入者対策をキャリアが打ち出したのは今春であった。

 無間地獄の加入者争奪戦は激しくなるばかり・・・。

<無数の販売ルート、貧弱なアフターサービス体制>

 移動電話の流通ルートはキャリアにより違いはあるが、一般に総合商社や端末メーカー系販社が一次代理店となり、その傘下にありとあらゆる業種からなる無数の二次・三次店がぶら下るという構造である。独立の有力店や、カーディーラー、そして実績を挙げた二次店が単独で一次店となるケースもある。
 高額の販促費、これによってもたらされた激安端末が蔓延した要因はこの流通構造にもある。加入者獲得を最優先したキャリアは売れば売るほど高額となる「数量インセンティブ」制度を設定、また「握り」と呼ばれる販売台数確保を条件とした報奨金増額制度も導入した。キャリアと一次店とのインセンティブ制度は一次店と二次店、二次店と三次店との間にも引き継がれ、有力量販店を始め二次店・三次店の争奪戦が繰り広げられた。

 また、ユーザーにとっても新規加入時は特定キャリアに縛られない量販店や併売ショップの方が選択の幅が広く、次第にこれらが販売ルートの主力と成っていった。
 アフターサービス体制は後回しにされた。
(IDOのように販売とアフターサービスの両機能を持つ専売ショップ「IDOプラザ」を一早く展開したキャリアもあったが。)

 ”過熱”市場は新規加入者が激減し、「既存ユーザーの囲い込み」と「他キャリアからのユーザー引き抜き」が常態となる飽和市場の到来を加速させる。
アフターサービスに主軸をおいた販売ルートの再編が不可避となり代理店の選別と淘汰が始まる・・・。

<NTTドコモも変身>

 NCC同士の泥仕合を高見の見物を決め込み暴利を貪っていたNTTがとうとう変身した。携帯電話の累計加入者シェアが50%を割ったからに他ならない。PHSのNTTパーソナルもDDIポケットの後塵を拝しシェアは30%を切っている。
 分離・分割そして業界再編を控えたドコモは7月以降なりふり構わぬ販売攻勢に打って出た。それまで実勢価格で他キャリアより2〜3万高かった(これでも十分競争力があった)端末価格を同レベルかそれ以下にまで引き下げた。結果7月のシェアは49.6%と6月に比べ一気に5ポイント向上した。

 デジタル展開で遅れていたセルラーやIDOも徐々にサービスエリアを拡大、本格攻勢を開始した。あおりを喰ったのは後発組(デジタルホン・ツーカーグループ)である。
この状況は当分続く・・・。

<早すぎたPHS、携帯電話との棲み分けは>

 昨年7月、「究極のパーソナル通信ツール」としてPHSが華々しくデビューした。そして危惧されていたとおりのことが起こった。回線トラブル、穴だらけのサービスエリアなど技術的にも商品的にも準備不足が歴然であった。
 もともとPHSは家庭用のコードレス電話を戸外でも使用できるようにという発想から開発され、「移動電話」というより「固定電話」に近い性格のものである。これを「簡易型携帯電話」として訴求したことに無理があった。マスコミが大々的に取り上げユーザーも誤解した。キャリアもその気になってしまった。

 期待が大きかった分、反動も大きい。喜んだのはライバル携帯キャリアである。端末価格の安い携帯電話にPHSのユーザー層までもがこぞって流れた。開業後半年以上PHSは伸び悩んだ。
 いやしくも基幹インフラを担う通信事業者であれば、準備不足のままサービスを開始するなど論外である。NTT出身で創業時より稲盛会長の片腕としてDDI発展に尽くし、日本独自のサービスPHSの第一人者でもあるDDI東京ポケットの社長千本氏は辞任した(解任された)。開業を煽りそして認可した郵政当局の罪も重い。

 事業所用や家庭用のデジタルコードレス電話との共用、高速データ通信分野などPHSの特性が発揮され、携帯電話と棲み分けるのか、それとも尻すぼみとなるのか・・・。

<暴挙か、カンフル剤か、DDIポケットの”窮余の策”>

開業時から指摘されていたことだが、
 ・加入料7200円、月額基本料2700円、通話料3分40円の低廉な料金
 ・料金の6、7割にもなるNTTへのアクセスチャージ負担
 ・同じエリア面積をカバーするには携帯電話の数十倍の基地局設置が必要
等により、PHSキャリアは携帯並の手数料やインセンティブを代理店に支払うことは難しい。これが開業当初店頭価格3〜4万円と、携帯電話との価格競争力が全く無かった理由である。
 ランニングコストを含めた総コストで比較すればPHSの安さは明らかだが、いったん「エリアが狭いのに高い」とのレッテルを貼られてしまったPHSは、その後の着実なエリア拡大にもかかわらず、そのイメージを逆転させることは困難となっていた。

 窮余の策としてポケットグループが取った策が代理店に対するインセンティブの大幅上乗せ(1万5000円)であり、メーカー各社が旧モデル端末の在庫処分のため卸価格を引き下げたことと相まって、店頭価格は一気に暴落、NTTパーソナル、アステルグループも追随、タダ端末・景品端末が市場に横溢することとなった。冷えきっていた市場は急速に動き始め、ポケットグループのシェアは5割を越えた。

 PHSの将来にとって良かったのか。
それとも、悪夢のシナリオへの引き金となるのか・・・。

<20社以上が乱立する端末機メーカー>

 端末市場は国内メーカーだけでも20社以上がひしめき、双方を合わせた機種数は150〜200に上る。そして各メーカーとも1年足らずでモデルチェンジや、新機種投入を繰り返している。相次ぐ技術革新とコストダウンで半年毎の製品サイクルを余儀なくされているパソコン並である。
 先発したのはNEC、富士通、松下通工、三菱電機など通信・電話機メーカーと日米通信摩擦の火付け役モトローラ、次いで京セラ、日本電装などが参入。さらにデジタル携帯電話やPHSには東芝、シャープ、ソニー始め家電メーカーやカシオ、セイコーなどが蟻が群がるように参入した。
 これだけ多くのメーカーがこれだけ多くの機種を開発・生産して、一体採算ベースに乗るのであろうか。小型・軽量化など技術開発やコストダウン要求はこれまで以上に厳しくなり、しかも売れる機種、売れない機種の評価は市場がたちどころに下す。口コミそのものだから良い評価も悪い評価もネットワークを駆けめぐる。

 多くの家電製品やAV機器、そして電卓や初期のパソコンがそうであったように、移動電話もきっと同じ道を辿るだろう。相当数のメーカーが淘汰され、残るは数社・・・。

<女子高生に占拠されたポケベル>

 ポケベルが女子高生に占拠された。数年前まではポケベルはほとんどビジネス用途で使われていた。個人がプライベートで使いだしたのは、数字や簡単なメッセージが表示できるメッセージ表示型の機種が出てからである。これに女子高生が飛びついた。友達同士でポケベルで会話するのである。
 昨年にはコンビニの店頭でも販売されるようになった。客のほとんどは女子高生やOLであった。今年の夏頃から店頭で見かけなくなった。回線の混雑がひどくて利用者から「つながりにくい」との苦情が絶えず、出荷停止になっているからである。テレビCMも自粛された。
 特に夜間10時から11時までが酷い。一般のユーザーは月百回前後利用するが、10代の女性は4、5百回も利用する。昼と夜の利用の差が大きすぎるため、大幅な回線増設も難しい。ある番号帯では夜になると7000回線足りなくなるが、昼は逆に7000回線余裕があるとのこと。

 ビジネスや病院、警察など緊急性、公共性の高い分野でもポケベルは使われている。女子高生のたわいのない遊びが社会全体のお荷物となっている。  最近では、この女子高生がポケベルから携帯電話やPHSに切り換えるケースも多発、解約数が新規契約数を上回る状況だ。(端末はタダだし、料金は親が払ってくれる。)

 女子高生が移動電話を占拠する日も間近・・・。

<多発する交通事故、蔓延する迷惑電話>

 運転中に携帯電話を使っていて起きる事故が相次いでいる。警察庁の特別調査によれば6月の1ヵ月間で死亡事故1件を含む129件の事故が発生、約4分の3が電話をかけようとしたり、取ろうとしたりしている時に起きていた。
 第一義的にはユーザーのモラルの問題として、キャリアやメーカーは利用マナー向上のキャンペーンに乗り出したり、車内に固定して手に持たないでも使えるハンズフリータイプの電話の普及促進に努めているものの、このままの状況が続けば運転中の携帯電話使用を禁止する法規制すら必要となる事態も予想される。
 電磁波による医療機器や電子機器などの誤作動も発生し、人体への影響についても未解明な点が多い。新幹線や電車、ホテルのロビーやレストランなどで突然の着信音や傍若無人な大声通話に不快な思いをした経験は誰にもあるだろう。

 便利さのみ優先のモラル無き社会が深化しつつある・・・。


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