序曲その1 |
いささか、刺激的なタイトルと見出しになってしまったが、昨今の衛星デジタル放送業界をめぐる動きを見ていると、昨年まとめた移動体通信業界に関する小論「悪夢のシナリオ」が再び繰り返される危惧を極めて強く持たざるを得ない。
多チャンネルの衛星デジタル放送はこれまでのマスメディアとは全く異なる。その本質はインターネットと同じく新しい価値観を内包したパーソナルなメディアである。しかもテレビ(放送端末)とパソコン(情報端末)と電話(通信端末)が結びついたマルチメディアに最も近い存在である。
視聴者は地上波テレビのように一方的に流れてくる番組を受け身で見る(させられる)のでなく、多数のチャンネルの中から自分の見たい番組を主体的に選び、料金を払って見る。送り手側も、スポンサー企業を意識した視聴率に束縛された番組ではなく、見てもらいたい人に見てもらう主体的な番組づくりができる。
電話回線と接続される受信機は、番組選択や視聴記録、課金など様々な機能を備えたミニパソコンそのものであり、今後ホームショッピング、ホームバンキングなど双方向サービスを実現する家庭用マルチメディア端末の本命とも目されている。
いうまでもなく、マルチメディアは、パソコンやデジタルテレビなどハード技術の進化や普及だけでは実現できない。インフラの整備、多様で充実したコンテンツに加え、ユーザー自身にもマルチメディアを必要とする能力やハードを使いこなし得る能力が備わっていることが不可欠である。
英国始め衛星・CATVなど放送インフラのデジタル化で先行し、テレビをベースにマルチメディアに接近する欧州各国、マイクロソフトなどパソコンをベースに放送・家電分野に急速に接近する米国企業、いずれも自由主義、民主主義の伝統を受け継ぎ、マルチメディアを使いこなせる自立した国民の存在が背景にある。
我が国では残念ながらマルチメディアを必要とするだけの“個人の自立”と、それを育む“社会の土壌”が十分にできていない。
ブームに踊らされて買ってはみたものの、ワープロや年賀状作成以外の使い道がわからず埃をかぶっている多数のパソコン。パソコン自体の操作性にも大いに問題があるが、ネットワークに接続し電子メールで対話したり、見知らぬ人と知り合ったり、様々な情報を集めたり、自ら情報発信したりという新たなコミニュケーションの道具として使っていない、使う努力を怠っていることも大きな要因である。
ポケベルに続き、携帯電話やPHSも女子高生のチャットトイ(おしゃべりおもちゃ)に堕落してしまった。政治の閉塞状況や企業の不祥事、少年犯罪の多発、そしてこれらを助長するとさえいえる各局類似の低俗番組の蔓延など根は皆同じ・・・・・
本来パーソナルな衛星デジタル放送が、圧倒的な力を持つ既存メディアと同じ土俵で戦っても所詮勝負にならない。しかも地上波やBSのデジタル化が2000年にも始まる。それまでに、マス(量)ではなくパーソナル(個)に徹し、“質量”とも“着実”に普及させ、根づかせること。とはいえ三事業者が過当競争に陥り、携帯電話やPHSのように端末をタダ配りしてまで加入者の数を競えば悲惨な結果が待つのみ。残された時間は多くはない。
我が国のマルチメディアの成否は一に衛星デジタル放送にかかっているといっても過言でない。であるがゆえに、この業界にたずさわる人々には“個人の自立”と“社会の土壌”を担うという大いなる志を持って欲しいのだ。インフラオペレーターもコンテンツプロバイダーもクリエーターも。そして受信機器のメーカーも販売店も。資本の論理のみ優先する外資に蹂躪されたり、視聴率に振り回される民放のように堕落することは断じてあってはならぬ。
ということで、あらかじめ独断と偏見をお許しいただき、この小論に着手する。衛星デジタル放送が、そしてこのインフラを利用した衛星データ放送や、衛星インターネットなどの新しいサービスがパソコンやインターネットの普及と相俟って着実に根づいていくことを切に願う。
1.序曲その1
<昨年までの動き>
光ファイバーによる「情報スーパーハイウェイ」があまねく張り巡らされるのは早くて2010年頃といわれる。この間マルチメディアの主役に躍り出るのは衛星を利用した空のネットワーク「情報スーパーエアライン」に他ならない。
この旗手として、未だアナログ全盛の放送業界にあって、デジタル化をいち早く実現、100チャンネルを超える多チャンネルと、高品質の画と音を武器に、94年に登場するやまたたくまに全米に旋風を起こし、わずか1年で100万を超える加入者を獲得したのが、「衛星デジタル放送」である。
ケーブルの要らない時代の到来に、普及率7割と絶対的な強さを誇ったCATV業界は、その将来性に対し最も低い評価すら与えられるようになり、あわててデジタル化や電話・インターネットなど通信分野に力を入れ始めた。
我が国の放送ネットワークは、ご多分に漏れず郵政の様々な規制と保護下で、NHKと民放キー局が支配している。衛星放送(BS)受信も1000万世帯を超えたもののNHKが8割を占め、民間のWOWOWは開業6年でようやく230万に達した。もともと難視聴対策からスタートしたCATVも総受信数は1100万を超えたものの、自主放送局の受信数は400万弱にすぎない。ホテルのアダルトチャンネルでおなじみのアナログCS衛星放送の受信数は10万程度、音楽主体の衛星ラジオ放送も同程度にすぎない。
一昨年衛星デジタルテレビ放送開局を目指し、伊藤忠、三井物産など商社連合を主体とする「パーフェクTV」と、AVレンタルチェーン最大手CCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)の創業者増田宗昭氏と、米国No.1の衛星事業者ヒューズが組んで展開する「ディレクTV」計画が動き出した。地上波やBSも、紆余曲折はあったもののハイビジョンなど唯我独尊のアナログ技術にようやく見切りをつけ、遅ればせながらデジタル化に向け本格的に歩み始めた。
その矢先である。昨年6月、業界に激震が走った。
世界のメディア王として君臨する豪ニューズ社のルパード・マードック会長が、「JスカイB」構想で日本進出を発表した。一週間後、追いかけるようにベンチャーの雄ソフトバンクの孫正義社長と組み、テレビ朝日株21%取得を発表し、メディア業界は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。「黒船来襲」「放送ビッグバン」の幕開けである。
こうした中、パーフェクTVの試験放送が開始、10月には本格放送に移行した。多チャンネルを前面に出し外人タレントやスポーツ選手を起用した活発な販促キャンペーンに加え、受信機も立ち上がり時のトラブルや品不足が徐々に解消、半年で20万を超える加入者を獲得、まずまず順調なすべりだしを見せた。
<事業者の概要>
本年に入っても、様々な動きが出来した。混迷そのものである。具体的な話は後日述べるとして、まずパーフェクTV、ディレクTV、そしてJスカイB三者の概要についてまとめておく。
事業者 | パーフェクTV | ディレクTV | JスカイB | |
サービス開始時期 | 96年10月 | 97年12月予定 | 98年4月予定 | |
使用衛星 (位置) | JCSAT−3 (東経128°) | スーパーバードC (東経144°) | JCSAT−4 (東経124°) | |
チャンネル数 | 100 | 100予定 | 150予定 | |
事業母体 | JSAT 伊藤忠商事 三井物産 日商岩井 住友商事 | 米ヒューズ CCC 松下電器産業 徳間書店 | 豪ニューズ ソフトバンク ソニー フジテレビ | |
出資・協力企業 | ソニー トヨタ自動車 NEC NTT他 | 宇宙通信 三菱商事 三菱電器 大日本印刷 | 電通 丸紅 オリックス 光通信 | |
設備・システム | ソニー中心 | 松下中心 | ソニー中心 | |
番組調達 | サプライヤー中心 | 母体企業中心 | 母体企業中心 | |
データ放送対応 | パソコン向け サービスから開始 12月本放送予定 | テレビ向け サービスから開始 | 不明 |
注目すべきは、まず使用衛星の位置。パーフェクTVとJスカイBは隣接しアンテナの共用化が容易。BS衛星の位置(東経110°)とも近接。ディレクTVは共用化でハンディを負う。
次に事業母体と出資・協力企業。商社連合のパーフェクTV、AVベンチャーの雄CCCと米国衛星事業トップのヒューズに三菱グループと松下が加わったディレクTV、メディア王マードックとパソコンベンチャーの雄孫氏が設立したものの、現在ではソニーの主導権が強まっているJスカイB。6大商社がそれぞれに組みし、ヒューズとニューズ、松下とソニー、孫氏と増田氏の対決に加え、フジテレビ・徳間書店・トヨタ・NTT・電通・オリックス・光通信と脇役も多彩で、なにやら波乱の幕開けが予想される顔ぶれである。
パーフェクTVとJスカイBは、設備・システム面でもソニー主体で、両社の共用化が容易なのに対し、松下主体のディレクTVは不利。
そして、つい先日パーフェクTV、JスカイB両社の広範な業務提携交渉が明らかになった・・・・・